はじめに:アイスクリームが届けてくれた、未来からの「警告」
「この夏、なんだか宅配のドライアイスが小さくなったな…」
もしあなたがそう感じたなら、それは気のせいではないかもしれません。生活協同組合ユーコープでは、ドライアイスを約2割小さくする工夫を始めました。シャトレーゼやサーティワンでも、一時的に持ち帰り用のドライアイスが不足した店舗があったといいます。
これは、私たちの社会が直面する、ある「奇妙な矛盾」のほんの始まりです。
地球温暖化の「元凶」として、世界中が削減に取り組む二酸化炭素(CO2)。しかしその裏側で、私たちの生活や産業に不可欠なそのCO2が「足りない」という静かな危機が進行しています。なぜ、CO2を減らそうとしているのに、CO2が足りなくなるのでしょうか。この矛盾は、私たちの未来に何を問いかけているのでしょうか。

第1章:矛盾の正体 〜“悪者”の排ガスに支えられていた日常〜
この問題の根源は、私たちが使うCO2の「生まれ」にあります。炭酸飲料の爽快感、生ビールの泡、食品を新鮮に運ぶドライアイス、最新医療や工業製品の溶接。これらに使われるCO2の多くは、実は石油精製工場やアンモニア工場から出る「副産物」の排ガスから作られてきました。
つまり私たちは、地球温暖化の原因となる排出源を、安価で安定したCO2の供給源として活用してきたのです。
しかし、「脱炭素」という大きな時代のうねりが、この仕組みを根底から揺るがしています。ガソリン需要の減少などで国内の製油所はこの20年でほぼ半減し、石油化学プラントの稼働率も採算ラインを割り込む状況が続いています。化学大手UBEが西日本最大のCO2供給源であるアンモニア設備を2027年度末に停止すると発表した衝撃は大きく、供給の先細りは明らかです。

その結果は、すでに私たちの家計を直撃し始めています。2025年に入り、エア・ウォーターや岩谷産業といった大手メーカーは、液化炭酸ガスとドライアイスを軒並み15%以上値上げしました。国内でまかなえない分は韓国などからの輸入に頼っていますが、それも根本的な解決には至っていません。
地球のために良かれと思って進める脱炭素が、皮肉にも私たちの生活を支えるCO2のサプライチェーンを脅かし、物価を押し上げている。これが、この矛盾の正体です。
第2章:「当たり前」が揺らぐ社会 〜政治とメディアが伝えないこと〜
この問題の根深さは、単なる技術の話にとどまりません。なぜ、これほど重要な問題が、私たちの耳に届きにくいのでしょうか。
そこには、政治が抱えるジレンマがあります。脱炭素は数十年がかりの課題ですが、選挙は数年ごと。コスト負担のような「不都合な真実」は、短期的な民意を考えるとどうしても語りにくくなります。
メディアもまた、複雑で難しいテーマを避け、分かりやすいスローガンを報じがちです。その結果、「CO2削減は絶対的な善である」という一面的なイメージが先行し、その裏で誰が、どのような痛みを負担するのかという多角的な議論が深まっていません。
しかし、このままでは、ある日突然「ビールや炭酸飲料が値上げ、もしくは品切れ」「医療用のCO2が不足」といった事態に直面し、社会が機能不全に陥りかねないのです。
第3章:危機は「機会」に変わる 〜『ない』から始まる未来のアイデア〜
しかし、悲観する必要はありません。歴史上、多くのイノベーションは「欠乏」や「制約」から生まれてきました。「ドライアイスが当たり前に手に入らない」という課題は、私たちの社会を次のステージへ押し上げる絶好の機会(チャンス)です。
1. 「モノの代替」から「仕組みの代替」へ
ドライアイスの代替品を探すだけでなく、そもそも冷却材が不要な物流システムを考える。例えば、超高性能な真空断熱ボックスを普及させたり、IoTを活用した冷凍宅配ボックスを設置したり、ドローンで超短時間配送を実現したり…。発想の転換が、新しい産業を生み出します。
2. CO2の「地産地消」という未来
大規模プラントに頼る中央集権的な供給から、必要な場所でCO2を生み出す分散型のモデルへ。佐賀市では、ごみ焼却場にCO2回収装置を設置し、「迷惑施設」を価値創造の拠点へと変えました。回収されたCO2は周辺の農業ハウスでキュウリの栽培などに活用され、企業誘致や雇用まで生み出しています。CO2の「地産地消」はすでに始まっている未来なのです。

3. 究極の解決策「グリーンCO2」
そして、究極の解決策が、大気中のCO2を直接回収するDAC(ダイレクト・エア・キャプチャー)技術です。これは環境問題の切り札であると同時に、場所を選ばずにCO2を生産できる「未来の工場」です。日本ガイシのような企業が技術開発にしのぎを削っていますが、まだコストが高いのが現状です。しかし、この技術が確立されれば、「グリーンなドライアイス」が環境価値という新たなブランドをまとい、特に医療分野などで不可欠な存在になるでしょう。

結び:『CO2が足りない』は、未来をデザインする合図
「CO2不足」という問題は、私たちが化石燃料に深く依存した社会から、真に持続可能な社会へと移行する過程で避けては通れない「成長痛」なのかもしれません。
この課題を乗り越えることは、単に問題を解決するだけでなく、より賢く、災害などにも強い社会システムを創造するチャンスでもあります。
次にスーパーでアイスを買うとき、少しだけ考えてみてください。その冷たさを支えているものの裏側にある、壮大な社会の変化を。『CO2が足りない』というニュースは、未来をどうデザインしていくかを、私たち一人ひとりが考えるべきサインなのです。


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