
華やかな万博会場の陰で泣いていた職人たち
2025年4月13日、大阪・関西万博が華々しく開幕いたしました。世界中から集まった人々が夢と希望に胸を膨らませる一方で、アンゴラ館だけは開幕翌日から休館となってしまいました。その理由を知る人は、当時ほとんどいなかったと思います。
しかし数ヶ月後、この休館の背景に潜んでいた深刻な問題が次々と明るみに出ることになります。無許可工事、工事費未払い、そして経理担当者による横領疑惑——。現代日本の建設業界が抱える課題の縮図が、そこに浮かび上がってきたのです。
「いまさら投げ出せなかった」——社長の驚きの釈明
問題の中心にあったのは「一六八建設」という大阪市の建設会社でした。この会社は、建設業の許可を持たないまま、約1億2000万円という巨額の工事を受注していたとされています。
建設業法では、500万円以上の工事を請け負う場合は必ず許可が必要とされています。これは業界では常識とされていることです。それでは、なぜこのようなことが起きてしまったのでしょうか。
一六八建設の社長(40代男性)の釈明は、ある意味で率直なものでした。
「3月に無許可だと気付いたが、4月の開幕が迫っており、引くに引けずに工事を続けた」
つまり、受注してから許可を取ろうとしたものの間に合わず、万博の開幕に間に合わせるために工事を続けてしまったということのようです。この発言からは、現場の「工期至上主義」が法令遵守をどれほど軽視する結果につながりうるかが見えてまいります。
「3名の会社」が1億円の工事を請け負う不可解さ
さらに注目すべきは、一六八建設の実態です。厚生年金加入者はわずか3名で、しかも厚生年金への登録日は令和6年7月1日——つまり、万博工事の契約後に登録したということになります。
これでは「万博のために作られた会社」と疑われても仕方のない状況といえるでしょう。実際の工事は下請けの職人チームが担い、一六八建設の関係者は「時折現場を見に来て指示を出すだけ」だったと報告されています。
これは典型的な「中抜き構造」と呼ばれるものです。利益だけを中抜きして、実際の作業は下請けに任せる。このような構造では、現場で汗を流す職人の方々が適正な対価を受け取ることが困難になってしまいます。

1億2000万円を着服? 経理担当者の「消失」
事態をさらに複雑にしたのが、一六八建設の経理担当者による横領疑惑でした。この人物は、売上金など1億2000万円余りを26回にわたって着服した疑いで刑事告訴されています。
注目すべきは、この経理担当者が正社員ではなく、「別の建設会社を営む知人男性」だったということです。これは、会社の重要な財務管理を外部の人間に委ねていたということになります。このような管理体制で1億円を超える工事を請け負っていたというのは、驚きを禁じ得ません。
その結果、下請け業者19社以上が約4300万円の未払いに苦しむことになってしまいました。ある下請け業者は記者会見で次のように訴えました:
「職人たちから『妻が泣いている』『家賃が払えない』『子どもが生まれたばかりで家を追い出されそうだ』という声が寄せられている」

万博協会の「ノータッチ」体制への疑問
しかし、最も理解しがたいのは、万博協会の対応かもしれません。国家的プロジェクトである万博において、なぜ無許可業者が工事に参加することができたのでしょうか。
万博協会は「海外パビリオンの建設は参加国と業者の民-民取引」として、直接的な責任を避ける姿勢を示しています。しかし、実際の役割を見てみますと、これは建前に過ぎないのではないでしょうか。
実際には、万博協会は以下のような重要な役割を担っていました:
- 建設業者との交渉代行
- 業者リストの提供
- 会場全体の建設スケジュール管理
- 品質・安全の監督
- 人権・労働ガイドラインの設定
つまり、業者の選定や管理に深く関与していたということになります。それにもかかわらず「民-民の問題」として責任を回避しようとする姿勢には、疑問を感じざるを得ません。
「グリーンファイル」すら作らない管理の課題
建設現場では通常、元請け業者が「グリーンファイル」を作成し、下請け業者の安全管理や作業日程を管理することになっています。しかし、アンゴラ館の工事では、このグリーンファイルすら作成されていなかったそうです。
これは、現場の安全管理が適切に行われていなかった可能性を示しています。万博という国際的な注目を集める現場で、このような状況があったということは、非常に残念なことといえるでしょう。

建設業界の「構造的課題」が万博で浮き彫りに
今回の問題は、単なる一企業の不正事案ではないように思われます。日本の建設業界が抱える構造的な課題が、万博という大きな舞台で一気に表面化したのではないでしょうか。
多重下請け構造による責任の分散
- 元請け → 一次下請け → 二次下請け → 実際の施工業者
- 各段階で利益が抜かれ、最終的に現場の職人の方にしわ寄せが行く
工期至上主義による法令軽視の傾向
- 「間に合わせることが最優先」という考え方
- 許可や安全管理が後回しになりがち
チェック体制の課題
- 発注者による業者審査の不備
- 行政による監督の形骸化
職人の人権への配慮不足
NPO法人「労働と人権サポートセンター・大阪」が万博協会に提出した公開質問書では、アンゴラ館の工事で「昼夜を問わない長時間労働」や「休日のない連続勤務」があったと指摘されています。
万博協会は人権方針で「負の影響の救済」を掲げていますが、実際には下請け業者の人権が軽視されていた可能性があります。国際的なイベントでこのような労働環境が放置されていたとすれば、大変遺憾なことといえるでしょう。
税金を使った国家事業での責任のあり方
大阪府の吉村知事は当初、この問題を「民-民の問題」として位置づけました。しかし、万博は税金を投入した国家事業です。そこで起きた問題を「民間同士のトラブル」として扱うことについては、議論の余地があるのではないでしょうか。
万博協会に対しては「人権方針に基づき下請け業者への救済をすべき」という要求が出されていますが、明確な回答はまだ示されていません。国際的な信用を維持するためにも、協会にはより積極的な解決策の検討が期待されます。
今後への教訓 ~「夢の祭典」をより良いものにするために~

今回の問題から得られる教訓は重要なものがあります:
- 発注者責任の明確化:「民-民の取引」を理由とした責任回避の防止
- 業者審査の厳格化:実態のない会社でも参入できる現状の改善
- 下請け保護の徹底:工事費未払いや人権侵害への迅速な対応
- 監督体制の強化:形骸化しがちな検査体制の見直し
万博は「人類の進歩と調和」をテーマとする夢の祭典です。その舞台裏で職人の方々が困難に直面し、業者が経営危機に陥っている現状は、決して看過できるものではありません。
一六八建設への営業停止処分や刑事捜査は始まっていますが、問題の根本的な解決にはまだ時間がかかりそうです。真に求められるのは、建設業界全体の構造改善と、発注者による責任ある管理体制の構築ではないでしょうか。
万博の残り期間で、この「課題」を「教訓」に変えることができるか。関係者の皆さんの真摯な対応に注目が集まっています。

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