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高市外交のちぐはぐ―竹島の日とドラム外交

高市外交のちぐはぐ―竹島の日とドラム外交

韓国外相が国会で語った「独島関連」

2026年3月6日、韓国の趙顕(チョ・ヒョン)外交部長官が国会の場で、気になる答弁をしました。2月に相次いだ韓国人の日本入国拒否について「独島(竹島)に関連したものと承知している」と述べたのです。

入国を拒否されたのは2人。一人はヒップホップグループDJ.DOCのキム・チャンリョル氏で、「独島サラン運動本部」の広報大使を務めています。2月19日、鳥取県の米子空港で「過去の飲酒運転」を理由に入国を拒否されました。もう一人は市民団体「韓国進歩連帯」の共同代表・朴錫運(パク・ソクウン)氏。2月27日に羽田空港で「集会およびデモに関する法律違反」の前歴を理由に拒否されています。

法的には、どちらも入管法第5条の上陸拒否事由に該当し得る前科を持っています。ですから日本側の対応は、形式的には法律の範囲内と言えるでしょう。

ただ、一つ引っかかる点があります。キム・チャンリョル氏は「昨年、個人的に日本を訪れた際には問題なく入国した」と話しているのです。同じ前科を持つ人物が、ある年は入国でき、ある年はできない。変わったのは前科ではなく、渡航の文脈です。今回は「竹島の日」(2月22日)を控えた時期に、独島関連団体として来日しようとしていた。

法律の条文に該当するかどうかと、その条文を「いつ・誰に」適用するかは、別の問題です。後者には、政策的な意図が表れています。

竹島の日に何が起きたか

2月22日の「竹島の日」式典を振り返ってみます。

高市早苗首相は、昨年の自民党総裁選でこう語っていました。「竹島の日、堂々と大臣が出ていったらいいじゃないですか。顔色をうかがう必要はない」。保守層にとっては心強い言葉だったはずです。

では実際にどうなったか。政府代表として派遣されたのは、古川直季内閣府大臣政務官でした。政務官の出席は、これで14年連続。歴代政権と全く同じ対応です。

式典会場の反応は、率直に言って厳しいものでした。古川政務官が演壇に立とうとした瞬間、「なんで大臣じゃないんだよ」「恥を知れ!」「『堂々と大臣が出ていったらいい』と言ったのは、どこのどいつだ」という声が飛んだのです。

閣僚派遣を見送った理由は「改善基調にある日韓関係への配慮」とされています。代わりに自民党の有村治子総務会長が党三役として初めて出席しましたが、これはあくまで党としての参加であって、政府代表の格上げではありません。

1か月前のドラム外交

少し戻って、竹島の日の約5週間前、1月13日のことです。

高市首相は自身の地元・奈良に韓国の李在明大統領を招き、日韓首脳会談を行いました。「私と大統領との間の友情と信頼関係を示すもの」と親密さをアピールし、90分間にわたる会談では経済安全保障や北朝鮮問題など幅広い分野で協力を確認しています。

注目を集めたのは、会談後のサプライズでした。高市首相と李大統領が、お揃いの青いトラックスーツに着替えて、BTSの「Dynamite」をドラムで共演したのです。昨年のAPEC首脳会議で李大統領が「ドラムをたたくのが夢」と語ったことを受けて、高市首相が準備したもの。演奏後には互いにスティックにサインして交換するという、なかなか心温まる演出でした。

首相周辺は「信頼関係のレベルが上がった」と胸を張ったそうです。

並べてみると見えてくるもの

ここまでの時系列を整理してみましょう。

1月13日:奈良でドラム外交。「友情と信頼関係」を強調

2月19日:キム・チャンリョル氏、米子空港で入国拒否

2月22日:竹島の日式典に政務官派遣(閣僚派遣は見送り)

2月27日:朴錫運氏、羽田空港で入国拒否

3月6日:韓国外交部長官が「独島関連が理由」と国会で答弁

首脳レベルでは最大限の友好を演出し、式典では「配慮」して閣僚を送らない。しかしその裏で、入管の運用という比較的目立たないレベルでは強硬に出る。

率直に言って、ちぐはぐです。

韓国の李在明大統領には笑顔でドラムのスティックを渡しながら、韓国の市民活動家には入管で拒否通知を渡す。「日韓関係に配慮して」閣僚は送らないと言いつつ、独島関連の人物は入国させない。配慮しているのか、していないのか。

もちろん、首脳外交と入管の判断は制度的には別物です。しかし韓国側から見れば、これは一つの国の一つの政権が、同じ時期に取った行動です。趙外交部長官が国会で取り上げた時点で、個別の入管案件は外交問題に格上げされてしまいました。

繰り返されるパターン

実は、このちぐはぐさは竹島の日に限った話ではありません。

靖国神社の参拝もそうです。高市首相は総裁選で「適切な時期にきっちりと普段通り淡々とお参りをしたい」と語り、2022年の講演では「途中で参拝をやめるといった中途半端なことをするから、相手がつけ上がる」とまで言っていました。しかし総裁就任後の秋季例大祭では参拝を見送り、玉串料の奉納にとどめています。その後も首相としての参拝は行われていません。

対中関係でも構造は似ています。所信表明演説では「日中首脳同士で対話を重ね、戦略的互恵関係を推進する」と対話姿勢を打ち出しながら、国会答弁では台湾の海上封鎖が「存立危機事態になり得る」と踏み込んだ発言をし、中国側の強い反発を招きました。結果として、デュアルユース品目の輸出規制という経済的コストが跳ね返ってきています。

共通しているパターンは明確です。総裁選や野党時代に威勢のいい言葉で期待を集め、実際の行動では後退し、そのツケを別の場所で払おうとする。閣僚を送れなかった代わりに入国拒否で「毅然さ」を示し、靖国に行けなかった代わりに台湾有事で踏み込む。しかしその「代償行動」がまた新たな問題を生む、という悪循環です。

なぜ矛盾が繰り返されるのか

個々の判断ミスなら、修正は比較的容易です。しかし同じパターンが対韓でも対中でも繰り返されるとなると、個別の問題というよりも、意思決定の仕組みそのものに原因があるのではないかと考えたくなります。

報道によれば、高市首相が官邸で緊密にコミュニケーションを取っている人物は極めて限られているとされています。各省庁から派遣された秘書官との情報共有が十分に機能していないという指摘もあります。外務省とのホットラインが構築されていないとの報道すらあります。

もしこれが事実なら、政策の矛盾に説明がつきます。限られた情報源からの情報を、自身の信念に照らして解釈し、周囲と擦り合わせずに発信する。総裁選で「大臣を送る」と言ったのは本心だったのでしょう。しかし首相になり「日韓関係への影響」という変数が加わったとき、当初の約束と現実をどう調整するか相談する相手がいない。結果として、表では後退し、裏で別の行動を取るという場当たり的な対応になる――そうなっているのかもしれません。

ただし、これはあくまで報道に基づく推測です。官邸の内部事情は外からは見えにくいものです。

外交に必要なのは「毅然さ」でも「柔軟さ」でもなく

竹島問題は、日韓双方が領有権を主張し、70年以上にわたって膠着状態が続いている問題です。その解決は確かに「一朝一夕」にはいかないでしょう。

しかし、外交において最も大切な資産は、「言葉の信頼性」ではないでしょうか。

「堂々と大臣を出す」と言って出さない。「対話を重ねる」と語りながら、入口を狭くする。「友情と信頼」を語りながら、その友人の国民を入管で拒否する。こうした行動の積み重ねは、相手国からの信頼だけでなく、国内の支持者からの信頼も失っていきます。式典で「恥を知れ」と怒号が飛んだのは、その兆候かもしれません。

必要なのは「毅然さ」か「柔軟さ」かの二者択一ではありません。どちらの路線を取るにせよ、言ったことと行動が一致していること。それこそが外交の信頼性を支える土台です。

毅然とした対応を取ると決めたなら、そのコストも引き受ける覚悟で堂々と行う。柔軟な関係構築を目指すなら、裏口での強硬策で台無しにしない。高市外交に足りないのは、強さでも優しさでもなく、この一貫性ではないかと思うのです。

ドラムのセッションで李大統領に語ったように、「リズムを合わせる」ことは確かに大変です。しかし外交のリズムは、自分自身の言葉と行動のリズムがまず揃っていなければ、相手と合わせることすらできないのです。

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