「差し引きゼロ」のからくり——3兆円補正予算と、増えるだけの借金

2026年度補正予算が6月5日に成立しました。総額3兆1135億円、財源は全額が赤字国債です。政府の説明は、「市中への国債発行総額は増やさない。だから国債市場に影響はない」。
赤字国債を3兆円も出して使うのに、国の借金は増えない——。そんなことが、あるのでしょうか。
「借りずに済んだ借金」を、結局また借りた
家計に置き換えると、よくわかります。
去年、生活費の不足を埋めるために300万円を借りる予定で、銀行と引き出しの段取りまで決めていたとします。ところが臨時収入が入り、去年の借金は要らなくなった。そこへ今年、別の300万円の出費が出る。段取り済みの枠を今年の分に振り替えて引き出します。窓口から出る金額は、同じ時期に同じ300万円。「今年の引き出しは増えていない」——確かにそうです。でも、借金はやはり300万円増えています。
国が今回やったのも、これと同じです。2025年度は税収などが見込みより上振れし、発行する予定だった赤字国債3兆円を「借りずに済む」ことになりました。本来なら、「借金が3兆円減るはずだった」という朗報です。ところが政府は、その借りずに済んだ枠に、補正予算で必要になった3兆円を振り替えた。つまり、いったん要らなくなった借金を、今年になってやっぱり借りたのです。
政府の説明を煎じ詰めると、こうなります。「去年しなかった借金を、今年する。差し引きゼロだから大丈夫」。けれど、差し引きはゼロではありません。借金は、減るどころか増えています。
そもそも、国債は全部「借金」です
当たり前のことですが、国債とは国の借金です。
今回の赤字国債も、道路や橋に使う建設国債も、名前は違いますが、国がお金を借り、満期に元本を返し、利子を払う点は同じです。「赤字」か「建設」かは、使い道と、発行を認める法律の違いにすぎません。建設国債は「投資」と呼ばれ、赤字国債は「赤字」と呼ばれる。けれど、借金の山を高くするという一点では、両者に一円の違いもありません。名前は、借金を軽くしないのです。
しかも、この借金は、返せていません。
国は、満期が来た国債を、税収で返しているわけではありません。返す現金がないので、新しい国債——借換債を発行し、その金で古い国債を返している。借りた相手が入れ替わるだけで、借金そのものは消えません。実際、2026年度に発行する国債の7割超は、この借り換え分です。住宅ローンを、別のローンで借り換え続けているようなもの。元本は、いつまでも残ります。
そして、借金には利息がつきます。金利が上がれば、この負担はさらに膨らむ。返せないまま借り換え、利息を払い続ける限り、借金は利息も含めて増えるだけです。
28年ぶりの黒字は、消えた
今回の補正予算で、財政は悪化しています。
2026年度の当初予算では、基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)が1998年度以来28年ぶりに1.3兆円の黒字に転じる見通しでした。長い財政再建の、ひとつの到達点になるはずの数字です。それが補正を踏まえると、一転して1.7兆円の赤字に沈みます。「差し引きゼロ」どころか、黒字が赤字へ反転したわけです。
市場も、「大丈夫」という説明をそのまま受け取ってはいません。5月18日、首相が補正予算の編成に言及すると、長期金利の指標である10年国債の利回りが一時2.8%まで上がりました。1996年10月以来、29年半ぶりの高さです。財政への不安から、国債が売られたのです。
名前は、借金を消さない
政府は「市中に売る国債は増やさない」「去年しなかった借金の枠を使うから差し引きゼロ」と説明します。
借りずに済むはずだった借金を、結局また借りた。減るはずだった分が減らず、増えた。その借金は税収では返せず、借り換えで先送りされ、利息だけが積み上がっていく。「赤字」と呼ぼうが「建設」と呼ぼうが、「差し引きゼロ」と説明されようが、増えた借金は、言葉では一円も減りません。
皮肉なことに、政府が「差し引きゼロ」の理屈を整えるより先に、市場はもう答えを出していました。補正の編成が視野に入っただけで、国債は売られ、金利は約30年ぶりの高さへ。「大丈夫」という言葉に、いちばん正直な形——売り——で応じたのです。言葉で安心させたい相手が、言葉をいちばん信じない相手だった、というわけです。
増えていないのは「売る量」で、増えたのは「借金」です。どちらを見るかは、説明する側ではなく、受け取る側が決めることです。

