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スタートアップは本当に必要なのか――10兆円目標と創業期資金減少が示す矛盾

スタートアップは本当に必要なのか――10兆円目標と創業期資金減少が示す矛盾

「スタートアップ」と聞いても、多くの人にはあまり身近に感じられないかもしれません。

横文字の会社、投資家、上場、ユニコーン企業。そうした言葉が並ぶと、一般の暮らしとは関係のない世界の話に見えてしまいます。実際、日々の物価高や賃金、社会保障の不安を抱えている人にとって、「スタートアップ育成」と言われても、すぐに生活と結びつけるのは難しいでしょう。

ただし、スタートアップそのものが不要だと言い切ることもできません。

新しい技術や仕組みを使って、これまで解けなかった課題に挑む企業は、社会にとって必要です。人手不足を補うサービス、医療や介護の負担を軽くする技術、地方の産業を支える仕組み、物流や教育の効率化。こうした分野で新しい企業が育てば、私たちの暮らしにも関係してきます。

問題は、スタートアップが必要かどうかではありません。

本当に社会に必要な企業が育つ仕組みになっているのか。政府の掲げる大きな目標と、現場の資金の流れがかみ合っているのか。そこが問われているのだと思います。

スタートアップは私たちの生活と無関係ではない

政府は「スタートアップ育成5か年計画」を掲げ、2027年度までにスタートアップへの投資額を10兆円規模に引き上げるとしています。将来的にはユニコーン企業100社、スタートアップ10万社を目指すともされています。

数字だけを見れば、かなり大きな構想です。

大学発スタートアップの数も増えています。起業家教育や支援制度も広がっています。政府としては、起業する人を増やし、資金を流し、日本経済の新しい担い手を育てたいという考えなのでしょう。

しかし、ここで素朴な疑問が出てきます。

数を増やせば、それでよいのでしょうか。

スタートアップは、作れば育つものではありません。特に創業直後の企業は、まだ売上も利益も安定していません。技術やアイデアはあっても、それが本当に事業になるかは分からない。だからこそ、創業期には資金が必要です。

なぜ創業期スタートアップへの資金が減っているのか

ところが、足元ではその創業期への資金が細っています。

日本経済新聞の記事によれば、2025年の創業期スタートアップの資金調達額は、前年比42%減の199億円に落ち込みました。過去10年で最低の水準です。創業期とは、資金調達時の企業価値が5億円未満だった企業を指します。

一方で、事業立ち上げ期や成長期の企業には比較的多くの資金が流れています。ベンチャーキャピタル(VC)が保有する未投資資金も依然として大きな規模があります。

つまり、お金そのものが市場から消えたわけではありません。

問題は、その資金が創業直後の企業まで届きにくくなっていることです。

政府が「起業を増やそう」と言っている一方で、実際には、まだ小さく、これから伸びるかもしれない企業に資金が回りにくくなっている。この現実は見過ごせません。

上場偏重の仕組みが生む新たな課題

なぜ、こうしたことが起きているのでしょうか。

大きな理由の一つは、出口が狭くなっていることです。

スタートアップに投資するVCは、将来その企業が成長し、上場したり、他社に買収されたりすることで資金を回収します。これを「出口」と呼びます。出口が見えにくくなると、投資家は新しい企業への投資に慎重になります。

東京証券取引所はグロース市場の上場維持基準を見直し、2030年以降は上場から5年を経過した企業に時価総額100億円以上を求める方向です。これまでの基準は、上場10年経過後に時価総額40億円以上でした。

この見直しには一定の合理性があります。

これまで日本では、規模の小さいまま上場する「小粒上場」が多いと指摘されてきました。上場後も継続的に成長する企業を増やすためには、市場の質を高める取り組みも必要です。

しかし、その一方で、上場までのハードルは確実に高くなります。

投資家から見れば、「この会社は本当に5年で100億円規模まで成長できるのか」という視点で評価することになります。まだ事業モデルも固まっていない創業期企業への投資は、以前より慎重にならざるを得ません。

さらに、近年の不正会計問題なども市場の警戒感を強めています。審査が厳しくなること自体は当然ですが、その結果として資金がより安全な案件へ集中する傾向も強まります。

創業期企業にとっては、ますます厳しい環境になっているのです。

「スタートアップを増やす」と「上場企業を増やす」は同じではない

ここに、現在のスタートアップ政策の矛盾があります。

政府は入り口を広げようとしています。起業する人を増やし、大学発スタートアップを増やし、投資額を10兆円規模にすると言っています。

一方で、出口ではより大きな成長が求められます。小さなままの上場は許されにくくなり、市場は企業の質を厳しく見るようになります。

入り口では「たくさん生み出す」ことを目指し、出口では「大きく育った企業だけを選ぶ」方向に進む。この二つが十分につながっていなければ、途中で資金が途切れてしまいます。

そのしわ寄せを受けるのが、創業期の企業です。

もちろん、すべてのスタートアップを救う必要はありません。事業として成立しない企業まで公的資金で支えるべきではないでしょう。失敗があるのもスタートアップの世界では当然です。

しかし、問題は失敗そのものではありません。

本来なら育つ可能性のある企業が、出口の不透明さや投資家の慎重姿勢によって、早い段階で資金を得られなくなることです。これでは、新しい産業を育てる前に芽を摘んでしまうことになりかねません。

本当に必要なのは数ではなく育つ仕組み

一般の人にとって重要なのは、「スタートアップ企業を何社作るか」ではありません。

その企業が、暮らしや仕事や地域経済にどのような意味を持つのかです。人手不足を補えるのか。地方でも仕事を生み出せるのか。医療や介護、物流、教育、エネルギーといった現実の課題に役立つのか。そこが見えなければ、スタートアップ支援は一部の起業家や投資家のための政策に見えてしまいます。

政府が本当にスタートアップを育てたいのであれば、必要なのは大きな数字を掲げることだけではないはずです。

創業期の企業が挑戦できる資金の流れをどう作るのか。上場だけに頼らない出口をどう増やすのか。事業会社による買収や提携、研究開発支援、融資や助成の仕組みをどう組み合わせるのか。そうした地道な制度設計こそが重要です。

「10兆円」という目標は、たしかに華やかです。

しかし、その裏で創業期への資金が細っているのであれば、それは政策の成果として喜ぶべき話ではなく、むしろ警告として受け止めるべきでしょう。

スタートアップは、一部の起業家や投資家だけの話ではありません。うまく育てば、社会課題を解決し、雇用を生み、将来の所得や税収を支える存在にもなります。

だからこそ、問うべきなのは「スタートアップは必要か」という単純な話ではありません。

必要な企業が育つ仕組みになっているのか。

政府の目標は、現場の資金の流れと矛盾していないのか。

そして、その政策は本当に私たちの暮らしに返ってくるものなのか。

スタートアップ政策を見るときには、この素朴な疑問から出発する必要があるのではないでしょうか。

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