「平和国家」の矜持は守れるか——防衛装備品輸出拡大と非核三原則見直しの行方

戦争を経験した世代が減少するにつれ、武器輸出や核政策をめぐり、かつては考えられなかった意見が堂々と語られるようになってきました。「平和国家」としての日本の歩みを、私たちはこのまま手放してしまうのでしょうか。
高市内閣は2026年、防衛装備品の輸出拡大と非核三原則の見直しという、戦後日本の安全保障政策を根本から揺るがす議論を本格化させようとしています。本稿では、これらの動きが何を意味するのか、そして私たちは何を問われているのかを、改めて考えたいと思います。
「5類型」撤廃とは何か――武器輸出の全面解禁へ
政府は2026年春にも、防衛装備品移転三原則の運用指針である「5類型」を撤廃する方針です。
現在、日本が完成品として輸出できる防衛装備品は、「救難・輸送・警戒・監視・掃海」という5つの類型に限られています。これらはいずれも殺傷能力が低い装備であり、「人を殺すための武器は輸出しない」という一線を守るための歯止めでした。
しかし、この5類型が撤廃されれば、状況は一変します。護衛艦やミサイルといった殺傷能力の高い兵器も、他国へ輸出できるようになるのです。
自民党が2025年12月にまとめた論点整理案では、検討課題として「武器」の輸出が明記されました。さらに、輸出先についても「現に戦闘が行われている国」や「被侵略国」への移転が議論されています。ウクライナ支援を念頭に置いた議論とされていますが、一度開いた扉は簡単には閉じられません。
小泉進次郎防衛相は「我が国にとって望ましい安全保障環境の創出などのための重要な政策的手段である防衛装備移転について、スピード感をもって対応していく」と述べています。
しかし、ここで立ち止まって考える必要があります。
輸出した武器で、罪のない人々が犠牲になることが想像できないのでしょうか。人を傷つけることで国家が潤うことが、国民にとって本当に良いことであるはずがありません。
非核三原則「持ち込ませず」見直しの動き
防衛装備品の輸出拡大と並行して、非核三原則の見直しも進められようとしています。
「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」。1967年に佐藤栄作首相が表明し、1971年には国会で順守が決議されたこの原則は、唯一の戦争被爆国として60年近く保持してきた国是です。
高市首相は、特に「持ち込ませず」について見直しを検討させる見通しです。首相は自身の編著書で、米国の「核の傘」を期待するのであれば、「持ち込ませず」を維持することは現実的ではないと指摘しています。
確かに、この原則には曖昧な部分があったことも事実です。2010年の有識者委員会報告では、1960年の日米安保条約改定時に、核を搭載した米艦船の日本への寄港や通過を黙認する「広義の密約」があったと結論付けられています。
しかし、だからといって安易に見直すべきではありません。もし事実上「持ち込み」が発生しているのであれば、まずその実態を明確にすべきです。その上で、この原則をどう扱うべきか、今後どのような方針で臨むべきかを、国民とともに真摯に議論する必要があるのではないでしょうか。
被爆地からは、強い反発の声が上がっています。長崎県の大石賢吾知事は「被爆県として到底受け入れられない」と述べ、広島市の松井一実市長も「非核三原則を貫くべき」と牽制しています。
「歯止め」は本当に機能するのか
政府・与党は、5類型撤廃後も「厳格な審査」や「適正管理」によって歯止めを設けると説明しています。
しかし、これまでの経緯を振り返ると、歯止めは次々と外されてきました。
2014年に「武器輸出三原則」が「防衛装備移転三原則」に改められた際も、「歯止めは維持する」と説明されました。しかし、5類型に当てはまらない「もがみ型護衛艦」の豪州への輸出は、「国際共同開発・生産」という枠組みを活用することで認められています。
自民党の論点整理案には、平和国家の基本理念との整合性について「丁寧かつ分かりやすい説明」を行うとあります。しかし、説明をしたからといって、武器輸出が平和国家の理念と両立するわけではありません。
毎日新聞は社説で「『非核の決意』の重み認識を」と訴え、東京新聞は「『なし崩し』に歯止め必要」と警鐘を鳴らしています。これらの指摘は、決して杞憂ではないでしょう。
問われる「平和国家」の矜持
日本を取り巻く安全保障環境が厳しさを増しているのは確かです。ロシアのウクライナ侵攻、北朝鮮の核開発、中国の軍事的台頭――こうした現実を前に、「何もしないわけにはいかない」という主張には一定の説得力があります。
しかし、だからといって「平和国家」としての矜持を捨て去る必要があるのでしょ うか。
唯一の被爆国として、核廃絶を訴えてきた日本。武器輸出を厳しく制限し、軍事ではなく経済・外交で国際社会に貢献してきた日本。その歩みは、決して弱さの表れではなかったはずです。
前防衛相の中谷元氏は「自立した防衛に不可欠」と5類型撤廃の意義を強調しています。一方で、識者からは「死の商人国家への道」「実質的な改憲への第一歩」といった厳しい批判も出ています。
私たちは今、大きな岐路に立っています。
国民とともに真摯な議論を
最も懸念されるのは、これほど重大な政策転換が、十分な国民的議論を経ないまま進められようとしていることです。
5類型の撤廃も、非核三原則の見直しも、選挙で国民に問われたわけではありませ ん。自民党と日本維新の会の連立合意書に盛り込まれ、国会での議論も十分に尽くされないまま、「スピード感」を持って進められようとしています。
2025年12月に閉会した臨時国会では、「政治とカネ」の問題は先送りされる一方、防衛装備移転の実務者協議は着々と進められました。政治の優先順位に疑問を感じざるを得ません。
戦後80年を迎えようとする今、私たちは「平和国家」としての日本の未来をどう描くのか、真剣に考える必要があります。
「安全保障環境の変化」を理由にしたなし崩し的な原則転換ではなく、何を守り、何を変えるのかを国民一人ひとりが考え、選択する。そのための議論の場が、今ほど必要とされている時はないのではないでしょうか。


