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国旗損壊罪が問う「愛国心」の正体——立法事実なき法案はなぜ優先されるのか

国旗損壊罪が問う「愛国心」の正体——立法事実なき法案はなぜ優先されるのか
国旗を「守る」とは何か——刑罰による強制は愛国心を育むのか

2025年10月、参政党が「日本国国章損壊罪」を新設する刑法改正案を参議院に提出しました。自民党と日本維新の会も連立政権合意書に同様の法案を2026年通常国会で制定すると明記しています。3党が足並みを揃えれば衆参両院で過半数に達し、成立する可能性があります。

しかし、この法案には「立法事実がない」との批判が自民党内からも上がっています。なぜ今、国旗損壊罪なのでしょうか。その背景と問題点を整理してみたいと思います。


法案の内容

参政党が提出した法案の条文は以下の通りです。

「日本国に対して侮辱を加える目的で、日本国の国旗その他の国章を損壊し、除去し、又は汚損した者は、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金に処する」

この条文は、高市早苗首相が2012年に野党・自民党から提出し廃案となった法案と「酷似しており、罰則の内容もほぼ同じ」と報じられています。つまり、参政党案は高市首相の悲願を代弁する形になっているのです。


高市首相と国旗損壊罪——10年越しの想い

高市首相と国旗損壊罪の関係は深いものがあります。

 年動き
 2012年5月野党・自民党が高市氏主導で刑法改正案を衆院に提出。日弁連などの反発を受け、審議未了で廃案に
 2021年高市氏が顧問を務める「保守団結の会」が再提出を目指すも、党内の慎重論により断念
 2025年10月自民・維新の連立合意書に制定を明記。参政党も法案提出

高市首相は2025年11月の衆院本会議で「過去に私自身が刑法改正案を起草し、国会に提出したこともある。実現に向けて具体的な検討を進めていく」と答弁し、強い意欲を示しています。


賛成派の論理とその問題点

「外国国旗との不均衡」という主張

賛成派は、刑法に「外国国章損壊罪」(92条)があるのに日本国旗には規定がないことを「不均衡」「ダブルスタンダード」と主張しています。国民民主党の玉木雄一郎代表も「外国の国旗を棄損すると罪に問われるが、自国の国旗を棄損しても問われないというのはダブルスタンダードだ」と述べ、党内議論を進める意向を示しました。

しかし、この比較には根本的な問題があります。

外国国章損壊罪の趣旨は「外交関係の保護」です。 他国を侮辱する行為によって外交問題が生じることを防ぐための規定であり、実際に公訴の提起には外国政府の請求が必要な「親告罪」となっています。適用例もほとんどありません。

一方、日本国旗の損壊を罰する目的は「国家の名誉」という抽象的な概念です。両者の立法趣旨は全く異なるのに、「同じ国旗だから同じ扱いにすべき」という形式的な議論で進めてしまうのは、法律の本質を見誤っているのではないでしょうか。

「立法事実がない」という批判

岩屋毅前外相は、この法案に対して明確に反対の立場を示しています。

「日本で誰かが日章旗を焼いたようなニュースを見たことがない。立法事実がないのに法律をつくることは国民を過度に規制することにつながる。必要ないのではないか」

「立法事実」とは、法律を制定する必要性を裏付ける社会的事実のことです。国旗損壊が社会問題化しているわけではなく、現行法(器物損壊罪等)で対応できる以上、新たな刑罰を設ける根拠は乏しいと言わざるを得ません。


憲法上の問題——表現の自由との衝突

米国連邦最高裁の違憲判決

国旗への冒涜行為を禁じる法律は米国にも存在していました。しかし、1989年、連邦最高裁は「表現の自由を保障した憲法に反する」として違憲判決を下し、事実上無効化されています。

政治的抗議の手段として国旗を燃やす行為は、たとえ不快であっても「表現の自由」の範囲内とされたのです。

日本での懸念

日本国憲法も21条で「表現の自由」を保障しています。国旗損壊罪が制定されれば、以下のような行為も処罰対象となりうるかもしれません。

  • 政府への抗議として国旗にバツ印をつける行為
  • 芸術表現の中で国旗を用いた作品
  • 風刺やパロディとしての表現

「日本国に対して侮辱を加える目的」という要件は極めて曖昧で、恣意的な運用を許してしまう危険性があります。香港では、中国の国旗侮辱罪が民主化運動の弾圧に使われている事例もあり、権力による濫用の危険性は軽視できないのではないでしょうか。


本当に「国民のため」の政策なのか

優先順位への疑問

物価高、社会保障の持続可能性、少子化、実質賃金の低迷——私たちが日々直面している課題は山積しています。そうした中で、「立法事実がない」国旗損壊罪の制定がなぜ優先されるのでしょうか。

高市首相にとって、国旗損壊罪は10年以上にわたる悲願です。その想い自体は理解できます。しかし、政策は「やりたいこと」ではなく「必要なこと」を、根拠に基づいて優先順位をつけて実行するのが本来の姿ではないでしょうか。

確証バイアスの危険性

賛成派は「フランスやドイツにも同様の法律がある」と諸外国の例を挙げますが、米国の違憲判決にはあまり触れません。自説に都合の良い情報だけを集め、不都合な事実を無視する姿勢は、確証バイアスと呼ばれる認知の歪みです。

政策立案において最も危険なのは、「こうあるべき」という理念が先にあり、それを裏付ける情報だけを集めて正当化することではないでしょうか。予期せぬ副作用や反発への備えが不十分になり、結果として国民に不利益をもたらしかねません。


おわりに——愛国心は強制できるのか

国旗を大切にする気持ちは理解できます。しかし、それを刑罰によって強制することが本当に「愛国心」を育むのでしょうか。

ある新聞の社説は次のように指摘しています。

「国や郷土に愛着を持つことは、人々の自主性に委ねられるべきであり、権力が強いるものではない。寛容さや自由を尊重する国柄を守ることこそが、国に対する信頼を国民から得る道である」

国旗損壊罪の議論が映し出しているのは、現政権が考える「愛国心」の姿かもしれません。それが国民の自発的な感情ではなく、刑罰による強制を必要とするものであるならば、その「愛国心」はどこか空虚に感じてしまいます。

私たちが今、政治に求めているのは、象徴の保護ではなく、生活の保障なのではないでしょうか。

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